こんにちは。たいようです。
学級経営って本当に難しいですよね!教員であれば誰もが一度は学級経営で悩みを抱えるものです。
そこで今回は、アドラー心理学を参照しながら、ストレスフリーな学級経営のアプローチを考えていきます。
こんな方にオススメ
- 学級経営に悩んでいる先生
- アドラー心理学に興味ある方
- リーダーシップに興味のある方
- 学級経営について研究している教員志望の学生の方
学級経営は難しい…
自分が担任するクラスの生徒との関係がうまくいっているかどうか?教員生活の充実度を測る上で、極めて重要な要素です。
学級経営が思うように進まず、クラスの生徒との関係がうまくいっていない時は、本当につらいですよね。。。。
2007年にベネッセ教育総合研究所が行った学習指導基本調査報告書によると
「教員の悩み」に関して、小中学校教員に共通して最も多かった回答は、「子どもとの関わり」でした。
https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/shidou_kihon/hon/hon_9_5_1.html
教師のエゴは捨てましょう!
とかくクラス担任という役職に就くと、ついつい肩に力が入りすぎてしまい
「自分の理想とするクラスを作りたい!」とか「立派な生徒を育てたい!!」とか自分主導、教師主導の考え方をしてしまいがちです。
明確なビジョンを持つことは確かに大切。ビジョンなきところには何も生まれません。
しかしこうした意気込みはあくまでも、教師である自分主体のものであって、それは時に教師自身のエゴになってしまいます。
教師がいくら理想に燃えていたとしても、そこに生徒の意思がなければ絵に描いた餅。生徒からしたら「知らんがな!」なのです。
教室は民主主義国家である
アドラーは言います。
「学級は、教師が統治する独裁国家ではない。生徒たち一人一人を主権者とする民主主義国家である。この原則を忘れた教師たちは、知らず知らずのうちに独裁を敷いてしまいます。」
出典:『幸せになる勇気」
つまりクラスを一つの国家に見立て、そこでのルールは「民主的な手続き」によって作られるべきである。
そしてクラスという国家の主権者は、教師ではなく生徒たちであるという考え方です。
実際、我々教員は、生徒たちの選挙によって学級担任として選ばれたわけではない。たまたま校内の人事でクラス担任に割り当てられただけなのです。
だから生徒にとってみれば、たまたま担任になった大人の価値観を押し付けられても「うざい」と感じてしまうこともあるでしょう。悲しいですけど😢
最悪のケースは、自分(教員)の価値観からズレた生徒を排斥しようとすること。教師が暴君化してしまうことです。
こうなってしまったら、生徒たちとの間に乗り越えられない溝が生まれてしまいます。学級が「腐敗した独裁国家」になってしまえば、そこに明るい未来は訪れない。自明の理です。
そうならないためにも、謙虚に一歩引いて生徒たちを見守る姿勢をもつことが極めて大切。
羊飼いリーダーシップの時代
担任だからといって、肩肘張る必要はない。ましてや、独裁者になってはいけないのです。
ゆるーい感じで自然体で接しつつ、勝負どころでは具体的かつ生徒が納得する提案を行う。
結果が伴えば、生徒からの信頼につながっていきます。そうやって信頼を一つ一つ積み重ねていくこと。このプロセスが大切なのではないでしょうか。
インターネットの発達によって情報の限界費用が限りなくゼロに等しくなった現代において
情報を集約することで強権的な役割を手にするリーダーが主導権を握る時代は終わりました。
もの凄いスピードで変化し未来が予測できない現代社会では、トップダウンで進める従来のリーダーシップは機能しなくなったのです。
そんな時代だからこそ一歩引いた目線で全体を俯瞰し、群れから逸脱しそうな羊を正しい方向に導くような、「羊飼いリーダーシップ」こそが求められるのです。
アドラー流の「民主主義学級」とハーバード流「羊飼いリーダーシップ」のベストミックス。模索していきませんか?
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
教師のエゴを捨てよう
学級の主権者は生徒であるという意識を持とう
全体を俯瞰する羊飼いの意識を持とう
“情報を集約することで強権的な役割を手にするリーダーが主導権を握る時代は終わりました”刺さりました!!アドラーベースで学生さんと接すると、空気が温かくなるのを感じます。ありがとうございます。